あの行進は幾ら見てもわからないキャラがやはり。
旧作やって確認しようとしたんですが、全然クリアできません…。orz
よく考えたら名前は知ってても会ったことあるのはほんの一部…。
ソクラテスって誰だよ! 哲学者じゃんよ!ヽ(`д´)ノ
当たり前ですが西方版の魔理沙がいなかったのはちょっと残念。
ところでヤコウと言う大晦日に出る妖怪が居ますが、それとは関係ないのかな?
しかし、そうか、言わねばならぬのか…。
15日の日記のことですよ?
個性はそれは重要ですね。平坦なだけだと言うのはなんていうか、その、キャラに愛がない? と言うか。(臭い
でも、「感情を表現する」ということに至っては、初めからそれを狙う必要も無いと思います。
最終的には当然感情を表現することは大事ですが、キャラは当然、描いている絵師の感情を表に出すにはかなりの技術が必要だと思います。
そうなれば平坦な絵になっちゃいますが、そこから更に感情出しをするというのも。
無理せず段階を持って進めていくのが良いのではないかと。
気軽に描ける人もそれなりの枚数を描いてきたと思いますし。
誰でも初めから、お茶を片手に本を読みつつ幽々子様の八分咲きを避けれる人なんていませんから。(謎 と言うかそれは慣れてもできませんが。
話によると我が兄の友人絵師も「俺の言いたいことが表せない」ということで、先ず技術を優先して描いていたらしいです。
だからわりとどの絵師さんもぶち当たる壁なんじゃないかな、とか。
技術をもっと上げてみて、その時あらためてこの事を考えてみて、それでもなおこの問題が浮上してきたら考えればいいと思います。
絵は描いてれば際限なく日々進化しますから、恐らく感情表現で取り返しのつかないことにはならないような。
つまり何が言いたいかというとですね。
まとめ。
どちらも疎かにはできませんが、同時に上げようとはせずに、技術から優先するのも一つの道では。
始め個性を優先して、その後技術に向かうと、折角固めた個性が薄まってしまうのでは?
それに個性は描いていればいつか自然と出てくる気がします。…そこが絵師じゃないのでわかりませんが。
という意見を一つ。
どういう描き方をしようと人それぞれですが。と言うか、一番まずいのは「描いていることが楽しい」という気持ちを忘れることだと思いますし、逆にそれさえあれば人の目も技術的な方面もどうだっていいわけですからね。
そんなこんな、絵師でもない精神病患者の一文でした。どの辺が精神病かって、絵描きを文書きにあてはめて考えているあたりと、いつもの脳内妄想g(マスタースパーク
上の長文とまとめ部分が言ってる事ちょっと違いますが、癖なんでそこは勘弁をば。(笑
うーん、なんか反感喰らいそうな話だ。
でも保身をいちいち気にしてたらサイト運営なんかできませんが…失礼なだけだとしたらちょっと不味いかも。(汗
あと間違えたんで投稿しなおし…。orz
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